いい加減に書き終わらないと忘れてしまうので、ようやくシーレの続きを書きます。
前回の記事はこちらから
さてシーレは1915年、25歳の時に裕福なうちの娘エディット・ハームスと結婚します。が、当時モデル兼愛人だったヴァリー・ノイツェルとも関係を続けるつもりだったようで、毎年エディット抜きでヴァケーションに行こうと提案しますが、断られます。あたり前だわな。この後ヴァリーは看護婦になり、シーレとは一生会わなかったそうです。
結婚に関してどこか冷めた目で見ていて、エディットにも一度もラブ・レターを書いたことがなかったという。新妻から抱きしめられている自画像は、四肢に力が入っていないのがまるわかりです。ていうか、まるで死んだ魚の目です。なんだそれ、愛情が重荷だったんかい。
座る夫婦(エゴンとエディット・シーレ)1915
シーレは新婚4日で徴兵され戦地に赴きますが、1917年に無事帰国、ウィーンに新居を構えます。
画家として成功したこともあってか、家庭的に落ち着いた生活をしていたようです。わたくし個人的には初期のビリビリした緊張感のある絵よりも、この頃の絵のほうが好き。なんだか丸くなったようで。
当然のように妻の裸も描きまくる。
裸婦像
このスケッチは特にそうだけど、初期に描いていた少女達と比べると明らかに線が柔らかく穏やかになり、全体的に優美な落ち着きがある。エディットの表情にも、ふと起き上がった瞬間を捉えたような生活感が感じられますな。
「横たわる女」1917
きわどいポーズの絵にしてみても、前よりもずっと明るい開放的な雰囲気になっています。
やっぱり結婚して性エネルギーが開放されのか、生き生きとした人間らしい表現になったなと。
「抱擁」1917
あまり奥さんを大事にしていなかったのかと思いきや、こんな絵を描いたりもして。シーツの上で抱き合うカップルはもちろん自分とエディット。
実はこの絵、結構緊張感があるんですよ。シーレの女暦、というか女癖もあってか、二人の結婚生活は中々波乱万丈だったようです。どこか硬い感じのポーズで、いまいち密着しあっていない。でもエディットがシーレの首筋に添えた手や、互いに抱き合う腕の力からはやっぱり愛情が伝わってきて、何度見てもモキュモキュさせらせちゃうんですが。
シーレはこの翌年、1918年にインフルエンザ(スペイン風邪)で28歳の若さで亡くなります。くしくも当時妊娠6ヶ月だったエディットが同じ病に屈した3日後でした。最後の作品は妻のスケッチだったそうです。
長生きしていたら、きっと沢山の作品を残していただろうに。この後、シーレが歳を取っていくにつれて、どんな風に作風が変化していっただろうと思うと残念です。
晩年の作品はそんなにポルノちっくではないので、ドイツ、オーストリア辺りにお住まいの方はぜひ美術館で本物をご覧になってみては?
セクシーな気分になれること請け合いです。
0 件のコメント:
コメントを投稿